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イエスとシッダールタは似ている?



なんか世間的にはクリスマスでお祭りなので、それに乗っかって
最近した妄想について書いておこうかと。

※この記事にかかれることは、ただの妄想です。
伝説上の人物を、実在したものとして扱います。
なんか適当に情報の裏打ちしようかとも思ったけれども、
面倒なのであまりやってません。
あと、多分「聖☆おにいさん」の影響を多大に受けています。



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■イエスも王族の血を引いているのではないか?
シッダールタがシャカ族の王子として生まれたことは有名ですが、
実はイエスも、どこぞの小国の王子だったのではないか?
その国は「東方の三賢人」の出身国であり、
ローマ帝国の侵略によって滅ぼされた。
で、そのとき身篭っていたマリアが民に混じって落ち延び、
ヨセフの馬小屋でイエスを生んだのではないか?
イエスが王族であることを隠蔽するために、
マリアは処女懐胎であると言い張ったとか?

もしくは、三賢人が生まれたばかりのイエスをつれて落ち延び、
マリアに託したとか?

三賢人は、ヘロデ大王に会いに行ったとされていますが、これは
滅んだ王国の民がどこに流れたのか訪ねにいったのではないか?
それによってヘロデ大王は滅ぼしたはずの王族の血が
まだ生きている可能性を危惧して、2歳以下の子供を
全員殺すように命じたとか?



■イエスもシッダールタも、悟りの境地にたどり着いた?
シッダールタが苦行の末に悟りを開いたことは有名だが、
イエスもまた断食などの苦行を行ったとされている。
シッダールタのもとにマーラが現れたように、
イエスも悪魔に誘惑されたとされている。

また、二人とも最初から一人で瞑想したのではなく
誰かに師事している。

この二人を「開祖」とする二つの宗教は、ともに「浄土」「天国」
という死後に到達するとされる世界が定義されている。

この二つの世界が「悟りの境地」を具体的にしたものではないか?



時代と場所は違えど、同じ領域にたどり着いた二人は
それぞれ似ているようで別々の行動をとる。

一人は、自らが見出したのと同じように、誰にでも自らの中に
「浄土」を見つけられるものと信じ続けた。

もう一人も、はじめは同じように行動したのだと思う。
しかし度重なる迫害の末に、自らが「罪」を被ることで
すべての人に「天国」を見せようと方針を転換したのだ。
全世界に対して、未来永劫にわたって嘘をつき続けるという
「大罪」を背負うことを決意したのだ。

しかし二人とも、願っていたことは同じであったと思う。
「人々の心から、不安を消してあげたい」
内心では、もっと別のことを思っていたと思うが。



こうして道を違えた二人だが、時は流れて二人の哲学は「宗教」
という形で同じ体をなしている。

シッダールタは自らの教えを書き残すことを禁じていた
とされているが、彼の死後にその禁は破られ、
書物として改変されて広められた。
結果としてもう一人の「開祖」と同じように罪を背負う羽目に
なってしまったのだ。

二人の表面的な願いである「人々の不安を消し去る」という目的は
達成しているのだろう。
一般的な人なら誰もが感じるであろう「死」という最大の不安を
その後の平穏な世界の「可能性」を示すことによって解消し、
善行を推奨することで、その満足感によって
「可能性」に現実味を持たせる。



ただ、本当は何か違うんじゃないかと思うけどね。

この間親戚が亡くなった時にお経を聞いていて改めて思ったんだけど
浄土真宗では、死んだあとに仏門に入り、49日で修行を積んで
浄土に入ることになっているらしい。

だけどシッダールタは、そんな意味のないことを教えていたのか?

輪廻転生という考え方にしてもそうだ。
転生を繰り返して徳を積むとか、何か違うんじゃないか?
少なくとも自分には「前世」と呼ばれるような記憶がないので
引き続いて徳を積むことができない。

これに関しては、
「万象の命になりきって、命とは何なのか瞑想する」
ということが捻じ曲げられて伝えられた結果なのだと思うけれども。



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すでに亡くなった人の名前を使って妄想を語るのも
なんか気持ち悪いので、この辺にしておきますか。

この二人、特にシッダールタに関しては、とても感謝しています。
「悟り」というひとつの境地があることを示してくれたこと。
そして、その次の領域がある可能性に気づかせてくれたこと。

ただ、個人的には悟りを推奨することはできない。
それによって幸せを感じることができるかといったら、
そうではないと思うから。
嫌いなものがあるから、好きなものがあるように
不安を感じるから、幸せも感じられる。

自分がたどり着いたのは、なんというか
言葉にすると「絶望の虚無」だから。
もう5年前くらい前の話だけれども。

もし、同じ領域にたどり着いてしまった人がいたなら、
ぜひとも語り合いたいものだね^q^
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北極

Author:北極
自分はかつて「血も涙も無い鬼畜」と呼ばれ、耐寒性能において無双を誇った生物。
そう、あれは雪の降る寒い日のことだった・・・

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